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【赤商シンデレラボーイ】 [【個人】オリジナル小説]

校長の長い話が続いている。
体育館の両側の扉は全開にしているのでたまにそよ風が流れ込んで来てはいるが、それは夏の暑さと湿気を含んだ蒸せ返るようなしろものだった。
「、、、と言うわけで、皆さん。ハメを外し過ぎないように。では、本日は楽しんでください。」
蒸風呂の我慢大会のような全校朝礼から解放された生徒達は思い思いに体育館から出て行く。
なんとなく彼らの足取りが軽いのは、今日一日は授業もなく遊んで過ごせるからだろう。

▽▲▽

春日碧の通う赤月商業高校には『赤商夏祭り』という大きなイベントがある。
年々、人口減少の一途を辿る赤月市。
昔は各地域でたくさんあった夏祭りも、今ではもう『赤月神社祭り』だけになってしまった。
そこで町興しも兼ねて10年ほど前から始まったのが、赤月商業高校を中心とした『赤商夏祭り』だった。
祭りは朝から夕方までということもあり、赤月市内の幼稚園児や小中学生、老人福祉施設の利用者なども安心して楽しめる。
今では立派な赤月市の夏祭りになっている。

▽▲▽

即席の男子用更衣室となった化学室でアオイが浴衣に着替えていると、高垣涼介が声をかけてきた。
「アオイ、お前、今日は何かするの?」
「ううん。僕は今日はお客さん。リョースケは?」
「俺は兄貴の手伝い。まったく人使いが荒いんだよな。まぁ、しっかり稼がせて貰うけどな♪」
この祭りにおける赤商生の過ごし方は二つに別れる、客として祭りを楽しむ者と屋台などで商売をする者。
学園祭ではあるものの、地域を巻き込んだイベントなので屋台の売上げも相当なものになる。
それだけに生徒の気合いの入り方も違う。
毎年、食物科が出す本格ピッツァは大人気で、とうとう去年はテレビ局が取材が来たほどだ。
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「アオイも後で食べに来いよ。オマケしてやるからさ。」
「やった!絶対行くよ。ところでさぁ、、、立花見なかった?」
「立花?今朝、横井と一緒に登校してたけど。久しぶりだよな、あの子が学校に来るのって。」
そう言った次の瞬間、リョースケの唇の右端が上がり、好奇の視線がアオイを捕らえていた。
勘のいい幼馴染みは、一瞬ですべてを察したようだ。
「ん?なに?」
「いや、べつに。じゃあ、俺行くわ。絶対来いよ。」
揶揄ったりはしないが、知らない振りもしてくれない。
同い年ながらいつも自分より一枚も二枚も上手のリョースケに軽い敗北感を感じながら、着替え終わったアオイは化学室を出ていった。

▽▲▽

この祭りが生徒に人気がある要因のひとつに、皆がそれぞれ好きな服装で過ごせるというのがある。
普段の制服とは違う姿を見せる事が出来るというのは、意中の相手に自分をアピールする絶好のチャンスでもあるからだ。
赤商生に語り継がれる伝説がある。
その昔、ひとりの男子生徒がいた。普段の彼は全く目立たず、女生徒から見向きもされない存在だった。
しかし、赤商夏祭りで私服を披露したところ、そのセンスの良さが功を奏し、次の日からモテモテに。
意中の彼女を射とめた彼はその後、楽しい高校生活を送ったという。
それが【赤商シンデレラボーイ伝説】。
つまり、赤商夏祭りは金銭面でも恋愛面でも一攫千金のチャンスなのだ。
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アオイはファッションに疎いのでおとぎ話の主人公にはなれないと思ってはいるものの、やはりどこかで期待はしていた。
だから、今回はちょっと背伸びをして浴衣を選んだのだ。
いつもとは違う格好をしている自分に少しばかりくすぐったさを感じながらも。

▽▲▽

周囲を気に掛けながら歩いているアオイの目に、段ボール箱を載せた台車を押す横井由麻の姿が映った。
彼女なら何か知っているかもしれないと思い、アオイはユマに駆け寄った
「横井、立花さん知らない?」
「なんでカオリのことは『さん付け』で、私は呼び捨てなのよ?」
猫のような丸い目から、鋭い目線が飛んで来る。
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ユマは小学校からの同級生で、同い年ながら姉御肌の気の合う遊び仲間だった。
毎年、学級委員長に推薦されるユマに対して、アオイは畏怖に似たものを感じていた。
たぶん、自分は彼女の足元にも及ばない人間なのだろうと。
それは今でも変わらないが、いつしかそれが心地好く思えるになったのは、アオイが大人に近付いたからなのかも知れない。
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「え?だって横井は横井!って感じで、立花さんは立花さん♪って感じじゃん?」
「ハイハイ。意味わかんない。」
興味が無ければサラッと流す、これもアオイが気に入ってるユマの特徴のひとつだ。
「カオリなら担任に呼ばれてたよ。朝礼終わったら職員室に来るようにって。」
「あ、ホント。ありがとう。じゃ、行ってみるよ。」
ユマは猫の目を下から上へと移動しながら、
「ふーん、浴衣。イケてんじゃん。まぁ、頑張れ。」
二度目の敗北感を味わいながら、アオイは職員室へと向かった。

▽▲▽

職員室の前まで来たがアオイは中に入れずにいた、冷静に考えると入る理由が無いからだ。
廊下に立ち尽くし何か理由をと考えていると、
「どうしたぁ!?春日ぁー!なんか用かー?」
いきなりの大声に思わず背を屈めた。
振り返らなくてもわかる、声の主は担任の佐山一徹だ。
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俗に言うチョイ悪オヤジ風で、いつもオシャレには気を使っている。
今日もターコイズを基調とした涼しげな麻のジャケットに、オフホワイトのスリムパンツをロールアップにして履いている。
オシャレに気を使ってはいるのだが、中身は縁日の金魚すくいのオヤジなのが残念なところだ。
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「いや、あの、立花さんを探してて。先生のところにいるって聞いたから。」
「立花なら教室にいるぞ。可哀想だけどプリントをやらせてるんだ。まぁ、単位を出す為の救済措置ってやつだな。テストじゃないから、教科書見ながらでも全部解いちまえば合格だ。俺ってイイ先生だろ?」
きれいに整えられた顎ヒゲを触っている。
数学の教師ってヒゲも計算して剃ってるのかな?とアオイはふと思った。

▽▲▽

アオイが立花香緒里と出会ったのは中学校の入学の日に遡る。
初めてのクラスで初めて隣の席になったがカオリだった。
まっすぐなロングの黒髪にウエリントンタイプのセルフレームの眼鏡をかけた地味な女の子。
それがアオイがカオリに抱いた第一印象だった。
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中学校生活が始まり、小学校の頃とは全く違うとアオイが感じたのは授業だった。
勉学としてのレベルの高さはもちろん、小学校の時のように出来ない子に合わせるという授業の仕方ではなかったからだ。
カオリは生まれつき身体が弱く、学校も休みがちだったので、たまに学校に来ても授業について行けず、少し残念そうに溜め息をついている事がよくあった。
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ある日の数学の授業の後、カオリが眉間に皺を寄せ、授業の最後に解説された問題を見つめていた。
なんとなく気になったアオイは、カオリに声を掛けていた。
「立花さん、どうしたの?どっかわかんないの?」
それまで一度も会話をしたことが無いアオイからいきなり話し掛けられ、カオリは少し驚いた表情を見せたがハニカミながら応えた。
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「どうしてこれがこうなるの?」
アオイは決して勉強の出来る方ではなかった。
ただ、数学に関しては社会や英語に比べれば、多少マシな方ではあった。
自分に教えれるのかどうか、不安に思いながらもカオリが指さしているところを覗き込んだ。
「あ、それはね。左から右に移動させたらプラスとマイナスが反対になるからだよ。」
教えれたことにホッとしていると、
「すごいね!春日くん、数学得意なんだ!」
大きめの眼鏡の奥から向けられた尊敬のまなざしにドキリとした瞬間、アオイの心の中にたくさんのものが芽生えた。
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それからカオリは時々、アオイに数学の質問をしてくるようになった。
難なく応えるアオイを彼女はすごいと褒めてくれた。
しかし、裏を返せばカオリに褒められたくて、数学だけは一生懸命勉強していただけのことである。
カオリが数学が苦手なことを、アオイは神に感謝した。
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2年生3年生と、カオリとは別のクラスになったので、彼女と会話をする機会はほぼ無かった。
しかし、ユマとカオリは2年生から同じクラスで仲が良くなっていたので、ユマと話す時にカオリともたまに会話を交わす程度だった。
内心はカオリと話がしたいからユマに話し掛けていたのだけれど、それは彼だけの秘密だった。
それがアオイとカオリの中学時代だった。

▽▲▽

担任の佐山からカオリが教室にいると聞いたので、そのまま向かっていたがアオイはふと立ち止まった。
カオリは単位取得のプリントをしている。
つまり、学園祭とはいえ勉強の真っ最中。
その彼女の前に浴衣姿で現れる。
これほど野暮なことはない。
急いで化学室に戻り、いつもの制服に着替えた。
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教室の入口の前まで行くと、一番前の席に座ってプリントを見つめているカオリがいた。
中1の時と同じように眉間に皺をよせている。
アオイは心地よい懐かしさに包まれて、しばらくカオリを眺めていたがふと違和感を感じた。
何かが違うと感じた数秒後、アオイは気付いた。
彼女はコンタクトになっていたのだ。
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アオイの記憶の中の彼女の横顔は中1の頃のもの。
ウエリントンの大きなセルフレームが顔の大半を占めた、まだまだ幼さの残った感じ。
しかし、今見ているカオリの横顔は同い年とは思えないほど大人びている。
アオイは胸を掴まれたように苦しくなった。

▽▲▽

平静を装って教室に入った。
「あ、あれ?立花さん、何してんの?」
声がうわずらないように慎重に話し掛ける。
プリントに集中していたカオリは少し驚いたが、声の主がアオイと分かった瞬間に安堵の笑顔を見せた。
「佐山先生から、単位出したいからプリント5枚だけ解いてくれって言われて。春日くんは?」
声と喋り方は中学時代と変わっていない。少し安心した。
「リョースケがバイトしてるから暇でさ。終わるまで小説でも読もうかと思って。」
化学室から教室に来る間に、必死に考えた理由だった。
「高垣くんは何のバイトしてるの?」
「ピザ屋さん。ほら、去年テレビでやってたでしょ?」
「それ見た!いいなぁ、食べたいなぁ。」
カオリは目をキラキラさせている。
「でも、プリント終わらせてからじゃないと、、、これ終わる頃には、売り切れちゃってるよね、たぶん。」
「苦戦中?」
「うん。難しくって。やっぱり数学は苦手だな。」
ハニカミながら応える。
また、ふいにアオイの中に懐かしさが込み上げてくる。
「じゃあ、暇だし手伝うよ。難しい問題は僕が解く。」
「え?ダメだよ。これは私の課題なんだから、私がやらなきゃ意味ないよ。」
困り顔になっていた。生真面目なカオリらしさが、アオイは嬉しかった。
「大丈夫だよ。僕らまだ高1だよ?これから勉強すればいいだけの話じゃん。佐山も単位を出す口実が欲しいから、テストじゃなくプリントにしてるんだしさ。せっかくの学園祭なんだから、さっさと終わらせて楽しみたいでしょ?」
ちょっとまくし立て過ぎたかなと思いつつカオリを見ると、彼女は無表情でアオイを見つめていた。
しかし次の瞬間、
「じゃあ、お願いしようかな。」
恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いでつぶやいた。
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生まれつきの身体の弱さがそうさせるのか、周りに従順で『良い子』として生きて来たカオリ。
その彼女が今、初めて『悪いこと』をしようと決意したのだ。
そう。悪いことは楽しい。
カオリの共犯者になれるのがアオイは嬉しかった。
「よし、決まり。じゃあ、さっさと終わらせて、ピザ食べに行こうよ。リョースケがオマケしてくれるからさ。」
「うん!」
今まででアオイが見た中で、最高のカオリの笑顔だった。
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