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【赤商シンデレラボーイ】 [【個人】オリジナル小説]

校長の長い話が続いている。
体育館の両側の扉は全開にしているのでたまにそよ風が流れ込んで来てはいるが、それは夏の暑さと湿気を含んだ蒸せ返るようなしろものだった。
「、、、と言うわけで、皆さん。ハメを外し過ぎないように。では、本日は楽しんでください。」
蒸風呂の我慢大会のような全校朝礼から解放された生徒達は思い思いに体育館から出て行く。
なんとなく彼らの足取りが軽いのは、今日一日は授業もなく遊んで過ごせるからだろう。

▽▲▽

春日碧の通う赤月商業高校には『赤商夏祭り』という大きなイベントがある。
年々、人口減少の一途を辿る赤月市。
昔は各地域でたくさんあった夏祭りも、今ではもう『赤月神社祭り』だけになってしまった。
そこで町興しも兼ねて10年ほど前から始まったのが、赤月商業高校を中心とした『赤商夏祭り』だった。
祭りは朝から夕方までということもあり、赤月市内の幼稚園児や小中学生、老人福祉施設の利用者なども安心して楽しめる。
今では立派な赤月市の夏祭りになっている。

▽▲▽

即席の男子用更衣室となった化学室でアオイが浴衣に着替えていると、高垣涼介が声をかけてきた。
「アオイ、お前、今日は何かするの?」
「ううん。僕は今日はお客さん。リョースケは?」
「俺は兄貴の手伝い。まったく人使いが荒いんだよな。まぁ、しっかり稼がせて貰うけどな♪」
この祭りにおける赤商生の過ごし方は二つに別れる、客として祭りを楽しむ者と屋台などで商売をする者。
学園祭ではあるものの、地域を巻き込んだイベントなので屋台の売上げも相当なものになる。
それだけに生徒の気合いの入り方も違う。
毎年、食物科が出す本格ピッツァは大人気で、とうとう去年はテレビ局が取材が来たほどだ。
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「アオイも後で食べに来いよ。オマケしてやるからさ。」
「やった!絶対行くよ。ところでさぁ、、、立花見なかった?」
「立花?今朝、横井と一緒に登校してたけど。久しぶりだよな、あの子が学校に来るのって。」
そう言った次の瞬間、リョースケの唇の右端が上がり、好奇の視線がアオイを捕らえていた。
勘のいい幼馴染みは、一瞬ですべてを察したようだ。
「ん?なに?」
「いや、べつに。じゃあ、俺行くわ。絶対来いよ。」
揶揄ったりはしないが、知らない振りもしてくれない。
同い年ながらいつも自分より一枚も二枚も上手のリョースケに軽い敗北感を感じながら、着替え終わったアオイは化学室を出ていった。

▽▲▽

この祭りが生徒に人気がある要因のひとつに、皆がそれぞれ好きな服装で過ごせるというのがある。
普段の制服とは違う姿を見せる事が出来るというのは、意中の相手に自分をアピールする絶好のチャンスでもあるからだ。
赤商生に語り継がれる伝説がある。
その昔、ひとりの男子生徒がいた。普段の彼は全く目立たず、女生徒から見向きもされない存在だった。
しかし、赤商夏祭りで私服を披露したところ、そのセンスの良さが功を奏し、次の日からモテモテに。
意中の彼女を射とめた彼はその後、楽しい高校生活を送ったという。
それが【赤商シンデレラボーイ伝説】。
つまり、赤商夏祭りは金銭面でも恋愛面でも一攫千金のチャンスなのだ。
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アオイはファッションに疎いのでおとぎ話の主人公にはなれないと思ってはいるものの、やはりどこかで期待はしていた。
だから、今回はちょっと背伸びをして浴衣を選んだのだ。
いつもとは違う格好をしている自分に少しばかりくすぐったさを感じながらも。

▽▲▽

周囲を気に掛けながら歩いているアオイの目に、段ボール箱を載せた台車を押す横井由麻の姿が映った。
彼女なら何か知っているかもしれないと思い、アオイはユマに駆け寄った
「横井、立花さん知らない?」
「なんでカオリのことは『さん付け』で、私は呼び捨てなのよ?」
猫のような丸い目から、鋭い目線が飛んで来る。
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ユマは小学校からの同級生で、同い年ながら姉御肌の気の合う遊び仲間だった。
毎年、学級委員長に推薦されるユマに対して、アオイは畏怖に似たものを感じていた。
たぶん、自分は彼女の足元にも及ばない人間なのだろうと。
それは今でも変わらないが、いつしかそれが心地好く思えるになったのは、アオイが大人に近付いたからなのかも知れない。
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「え?だって横井は横井!って感じで、立花さんは立花さん♪って感じじゃん?」
「ハイハイ。意味わかんない。」
興味が無ければサラッと流す、これもアオイが気に入ってるユマの特徴のひとつだ。
「カオリなら担任に呼ばれてたよ。朝礼終わったら職員室に来るようにって。」
「あ、ホント。ありがとう。じゃ、行ってみるよ。」
ユマは猫の目を下から上へと移動しながら、
「ふーん、浴衣。イケてんじゃん。まぁ、頑張れ。」
二度目の敗北感を味わいながら、アオイは職員室へと向かった。

▽▲▽

職員室の前まで来たがアオイは中に入れずにいた、冷静に考えると入る理由が無いからだ。
廊下に立ち尽くし何か理由をと考えていると、
「どうしたぁ!?春日ぁー!なんか用かー?」
いきなりの大声に思わず背を屈めた。
振り返らなくてもわかる、声の主は担任の佐山一徹だ。
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俗に言うチョイ悪オヤジ風で、いつもオシャレには気を使っている。
今日もターコイズを基調とした涼しげな麻のジャケットに、オフホワイトのスリムパンツをロールアップにして履いている。
オシャレに気を使ってはいるのだが、中身は縁日の金魚すくいのオヤジなのが残念なところだ。
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「いや、あの、立花さんを探してて。先生のところにいるって聞いたから。」
「立花なら教室にいるぞ。可哀想だけどプリントをやらせてるんだ。まぁ、単位を出す為の救済措置ってやつだな。テストじゃないから、教科書見ながらでも全部解いちまえば合格だ。俺ってイイ先生だろ?」
きれいに整えられた顎ヒゲを触っている。
数学の教師ってヒゲも計算して剃ってるのかな?とアオイはふと思った。

▽▲▽

アオイが立花香緒里と出会ったのは中学校の入学の日に遡る。
初めてのクラスで初めて隣の席になったがカオリだった。
まっすぐなロングの黒髪にウエリントンタイプのセルフレームの眼鏡をかけた地味な女の子。
それがアオイがカオリに抱いた第一印象だった。
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中学校生活が始まり、小学校の頃とは全く違うとアオイが感じたのは授業だった。
勉学としてのレベルの高さはもちろん、小学校の時のように出来ない子に合わせるという授業の仕方ではなかったからだ。
カオリは生まれつき身体が弱く、学校も休みがちだったので、たまに学校に来ても授業について行けず、少し残念そうに溜め息をついている事がよくあった。
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ある日の数学の授業の後、カオリが眉間に皺を寄せ、授業の最後に解説された問題を見つめていた。
なんとなく気になったアオイは、カオリに声を掛けていた。
「立花さん、どうしたの?どっかわかんないの?」
それまで一度も会話をしたことが無いアオイからいきなり話し掛けられ、カオリは少し驚いた表情を見せたがハニカミながら応えた。
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「どうしてこれがこうなるの?」
アオイは決して勉強の出来る方ではなかった。
ただ、数学に関しては社会や英語に比べれば、多少マシな方ではあった。
自分に教えれるのかどうか、不安に思いながらもカオリが指さしているところを覗き込んだ。
「あ、それはね。左から右に移動させたらプラスとマイナスが反対になるからだよ。」
教えれたことにホッとしていると、
「すごいね!春日くん、数学得意なんだ!」
大きめの眼鏡の奥から向けられた尊敬のまなざしにドキリとした瞬間、アオイの心の中にたくさんのものが芽生えた。
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それからカオリは時々、アオイに数学の質問をしてくるようになった。
難なく応えるアオイを彼女はすごいと褒めてくれた。
しかし、裏を返せばカオリに褒められたくて、数学だけは一生懸命勉強していただけのことである。
カオリが数学が苦手なことを、アオイは神に感謝した。
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2年生3年生と、カオリとは別のクラスになったので、彼女と会話をする機会はほぼ無かった。
しかし、ユマとカオリは2年生から同じクラスで仲が良くなっていたので、ユマと話す時にカオリともたまに会話を交わす程度だった。
内心はカオリと話がしたいからユマに話し掛けていたのだけれど、それは彼だけの秘密だった。
それがアオイとカオリの中学時代だった。

▽▲▽

担任の佐山からカオリが教室にいると聞いたので、そのまま向かっていたがアオイはふと立ち止まった。
カオリは単位取得のプリントをしている。
つまり、学園祭とはいえ勉強の真っ最中。
その彼女の前に浴衣姿で現れる。
これほど野暮なことはない。
急いで化学室に戻り、いつもの制服に着替えた。
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教室の入口の前まで行くと、一番前の席に座ってプリントを見つめているカオリがいた。
中1の時と同じように眉間に皺をよせている。
アオイは心地よい懐かしさに包まれて、しばらくカオリを眺めていたがふと違和感を感じた。
何かが違うと感じた数秒後、アオイは気付いた。
彼女はコンタクトになっていたのだ。
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アオイの記憶の中の彼女の横顔は中1の頃のもの。
ウエリントンの大きなセルフレームが顔の大半を占めた、まだまだ幼さの残った感じ。
しかし、今見ているカオリの横顔は同い年とは思えないほど大人びている。
アオイは胸を掴まれたように苦しくなった。

▽▲▽

平静を装って教室に入った。
「あ、あれ?立花さん、何してんの?」
声がうわずらないように慎重に話し掛ける。
プリントに集中していたカオリは少し驚いたが、声の主がアオイと分かった瞬間に安堵の笑顔を見せた。
「佐山先生から、単位出したいからプリント5枚だけ解いてくれって言われて。春日くんは?」
声と喋り方は中学時代と変わっていない。少し安心した。
「リョースケがバイトしてるから暇でさ。終わるまで小説でも読もうかと思って。」
化学室から教室に来る間に、必死に考えた理由だった。
「高垣くんは何のバイトしてるの?」
「ピザ屋さん。ほら、去年テレビでやってたでしょ?」
「それ見た!いいなぁ、食べたいなぁ。」
カオリは目をキラキラさせている。
「でも、プリント終わらせてからじゃないと、、、これ終わる頃には、売り切れちゃってるよね、たぶん。」
「苦戦中?」
「うん。難しくって。やっぱり数学は苦手だな。」
ハニカミながら応える。
また、ふいにアオイの中に懐かしさが込み上げてくる。
「じゃあ、暇だし手伝うよ。難しい問題は僕が解く。」
「え?ダメだよ。これは私の課題なんだから、私がやらなきゃ意味ないよ。」
困り顔になっていた。生真面目なカオリらしさが、アオイは嬉しかった。
「大丈夫だよ。僕らまだ高1だよ?これから勉強すればいいだけの話じゃん。佐山も単位を出す口実が欲しいから、テストじゃなくプリントにしてるんだしさ。せっかくの学園祭なんだから、さっさと終わらせて楽しみたいでしょ?」
ちょっとまくし立て過ぎたかなと思いつつカオリを見ると、彼女は無表情でアオイを見つめていた。
しかし次の瞬間、
「じゃあ、お願いしようかな。」
恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いでつぶやいた。
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生まれつきの身体の弱さがそうさせるのか、周りに従順で『良い子』として生きて来たカオリ。
その彼女が今、初めて『悪いこと』をしようと決意したのだ。
そう。悪いことは楽しい。
カオリの共犯者になれるのがアオイは嬉しかった。
「よし、決まり。じゃあ、さっさと終わらせて、ピザ食べに行こうよ。リョースケがオマケしてくれるからさ。」
「うん!」
今まででアオイが見た中で、最高のカオリの笑顔だった。
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【東新町コーヒーブレイク】 [【個人】オリジナル小説]

【東新町コーヒーブレイク】
東新町商店街
 誰にだってひとつくらい小さい頃の楽しかった想い出ってあるよな。
俺は子供の頃、『お出かけ』が好きだった。
ここで言う『お出かけ』ってのは近所のスーパーに買い物に行くことじゃない。
いつもよりオシャレをして、いつもよりも都会の街に行くことだ。
普段の生活圏にはない高いビルやデパートに胸を弾ませハシャギまくり、帰りの車の中では疲れ果てて爆睡。
『お出かけ』の記憶は、この歳になった今でも宝物のようにキラキラしてる。
でも、それは記憶の中だけの話。

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 バブル崩壊以降の二十年続く大不況により、日本全国の地方都市はどんどんと活気が無くなったよな。
徳島ももちろん例外じゃなく、俺が子供の頃にお出かけしていたあの街並は見る影もなくなった。
インターネットが広がり、田舎も都会と同じ物と情報を変わらないスピードで手に入れれるようになり、
卸売業者と消費者が直接繋がることで『より早く、より安く、欲しい物だけをピンポイントで買える』ようになった。
わざわざ買いに行かなきゃいけない街の商店なんて、消費という経済活動の蚊帳の外だ。
その便利さのおかげで街から人が居なくなる。
人が居ないから商売が成り立たない、商店はシャッターを閉める、シャッター街に行っても欲しい物はない、だからネット通販する。
『シャッター街』のレシピは至ってシンプル。
『デフレ』に『便利な世の中』を混ぜるだけ。フルーチェ並に簡単。
 俺はひょんなことから、そのシャッター街の空き店舗でコーヒー豆を売ることになった。
一見、完全に寂びれて冷えきってしまったようなシャッター街でも、中に入って商売をしてみるとそこに息づく人達の熱が伝わって来る。
グツグツと煮えたぎるような熱湯じゃなく、ほっと一息つけるコーヒーぐらいのもんだけどな。
美味いコーヒーを淹れて待ってるから、あんたも是非飲みに来てくれ。

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 「マジでシャッターばっかだな、、、。」
高校を卒業した十八歳から二十九歳までの十一年間、徳島を離れて暮らしていた俺の最初のひと言だった。
『東新町商店街』、徳島駅から南西に徒歩十分くらい歩いた所にあるアーケード街だ。
俺がガキの頃にはたくさんの商店が軒を並べていた。
洋服、靴、鞄、傘、雑貨、オモチャ、レコード、本、なんでも売ってたし、当時はシネコンなんか無かったから映画館が三軒もあった。
極めつけは、マクドナルドとミスタードーナツ!!
県南の田舎、小松島市で生まれ育った俺にはめったにいけない憧れのお店。
マックシェイクを初めて飲んだ時、何が口の中に入って来たのかが分からずにビックリしたのを今でも憶えてる。
 その頃の俺には、東新町は大都会。まぎれもないメトロポリスだった。
夏休みの子供映画を観た後はお決まりのコース。マクドナルドで食事をして、オモチャ屋に行くのと交換条件におふくろと姉ちゃんの買い物に付き合う。
女性のウィンドウショッピングに付合うのが苦じゃないのは、この頃の経験が役に立ってるのかも知れない。
今は宝の持ち腐れだけどね。

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 そんなメトロポリスも、俺が高校生くらいの時から雲行きが怪しくなっていた。バブル経済の崩壊。
東新町は『徳島そごう』という大きな百貨店に客を持って行かれてはいたものの、『高級品はそごう、日用品は東新町』と棲み分けが出来ていてそれなりに活気はあった。
だけど、バブルが弾けた後、少しずつ街の様子が変わり出した。三軒あった映画館も二軒がいつの間にか姿を消していた。
 高校を卒業して県外へ出た俺は、その後、どんな風に街が変わっていったのかは知らない。
ただ確実なのは、十一年ぶりの東新町は半数がシャッターを閉めた『くすんだ灰色の街』になり果てていたってこと。
見本のようなゴーストタウン化を目の前にして俺は唖然としていた。
けど、まだまだこの街の衰退はそんなものじゃなかったんだ。

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 それから数年の衰退スピードは予想を超えるものだった。
マクドナルドがなくなり、ミスタードーナツがなくなった。個人商店はどんどんとシャッターを閉めた。
建物の老朽化も進んでいたのだろう、更地にして駐車場になっている所もたくさんある。
とどめを刺したのは、徳島市郊外にシネコンが入った大型ショッピングモール『フジグラン北島』が出来たこと。
かつての東新町から無駄が削ぎ落され、便利さと楽しさがコンパクトに詰め込まれた白い箱。
なんだか、ここ数年の携帯電話からスマートフォンへの進化みたい。
そんなに便利さって重要かな?
俺は思うんだけど、ちょっとくらい不便でややこしい方が実感があって楽しいと思うんだけどな。

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 日本全国の都道府県どこも同じだと思うけど、街から元気がなくなると「地域再活性だ、街おこしだ」と言い出す奴が現われる。
本気で真面目に取り組んでそうな人もいれば、まるでとんちんかんで胡散臭そうな奴もいる。
まぁ、俺からすると全員、胡散臭く見えるんだけど。
大不況というサバンナで生きる為、俺のような弱小商店主には草食動物並の警戒心が必須。
 そんな地域再生を謳う人達の中に『東新町商店街の空き店舗を使った、日替わりオーナーのレンタル店舗』をしている人がいると聞いた。
聞くところによると『シャッター商店街の再生』を目指しているという。
俺は頭が悪いので、地域再生や再活性をするにはどうすればいいのかなんて分からない。
耳障りのいい言葉だけを並べ、その実は地域に根ざしている人達を無視したナンセンスな計画なんてのもたくさんある。
このレンタル店舗の計画がどっちかなんて俺は知る由もなかったが、
大好きだったあの頃の東新町に戻るかも知れないって可能性を感じれたのはちょっと嬉しかった。

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 ある日、こんな話が聞こえて来た。『シェアバー』と名付けられたそのレンタル店舗は、その名が表すとおり夜に使用されることが多く、平日の昼間はほぼ使われていないという。
当時の俺は、どうにかウチのコーヒー豆を徳島市内で販売出来ないだろうか?と考えていた。
いくら徳島が車社会だと言っても、徳島市からわざわざウチにコーヒー豆を買いに来てもらうのは簡単じゃない。
 行き詰っていた俺はその話を聞いてすぐに飛びついた。シェアバーのオーナーに連絡を取り、『月イチ、どこかの月曜に丸一日借りる』ということになった。
月曜はウチの定休日、つまり、俺が自由に動けるのは月曜だけ。
『休日を返上して働く』、それがデフレ時代の弱小個人商店の企業努力。
なんだか救われない話。

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 東新町商店街は徳島市街地の中心部に位置しているアーケード街。
いくら寂びれたとはいえ、雨風や直射日光を避けれるから通行人も多いはず。
「ちゃんとアピールをすれば、月イチでコーヒー豆を買ってくれる顧客が出来るかもしれない!」
ガキの頃の東新町のイメージが先行し、俺は期待とやる気でいっぱいになった。
 そこで俺はコーヒー豆の販売にあたり、どうすればたくさんの人に興味を持って貰えるのかを考え始めた。
ちなみに考え事をする時の音楽は、ビル・エヴァンス・トリオのワルツ・フォー・デビィ。
軽快なピアノの旋律が思考の渦にハマり込みそうになるを防いでくれる、それでいてしっとりとしたジャズの名盤だ。
何度目かのリピートの後、最高のナイスアイディアが浮かんだ。
『朝に焙煎をしたばかりの焼き立てコーヒー豆』を販売、店では試飲を兼ねて飲んでもらう。
でも、これにはひとつ問題がある。休日返上のうえに早起きまでしなきゃいけなくなる。
なんて二重苦。流行りのブラック企業みたい。
 その後もいろいろと考えるうちに、想い出の東新町で商売が出来るという嬉しさが強くなり、二重苦なんてどうでもよくなっていた。
しかしその数日後、俺は『シャッター街』という現実をまざまざと思い知ることになる。

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 出張販売初日。その日は、十一時にオープンした。
六時に起床、すぐさま焙煎にとりかかる、九時に小松島を出発し、十時に到着そして開店準備。
オープンするまでに五時間の労働、店の営業よりもヘヴィ。
でも、この日の俺はそんなことは気にならないほどワクワクしていた。
 iPodから大好きなオアシスを呼び出す。記念すべき一曲目はモーニング・グローリー、清々しい朝にぴったりのゴキゲンなロックナンバーだ。
まぁ、リアムは「まだ寝かせといてくれ!」って歌ってるんだけどね。

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 意気揚々とオープンしたものの、三十分経とうが一時間経とうが来客はひとりもなかった。
それもそのはず、シェアバーの前を誰ひとりとして歩いてはいなかったのだ。
「まだ午前中だし、しかも月曜だからこんなもんだろ。」
独り言ちてはいたものの、俺の中にはすでに不安が芽生えはじめていた。

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 正午を過ぎた頃、三人の来客があった。皆、SNSを見てくれた人達が昼休憩を使って来てくれた。
店をやってる人なら経験があると思うけど、客商売ってのは『人が人を呼ぶ』ことがある。
さっきまでガラガラだったのに一瞬で満席になった、みたいなね。なんだろう、『流れ』みたいなものかな?
数学的には『ポアソン・クランピング』って名付けられてるらしい。まぁ、興味があるなら勝手に自分で調べてくれ。
俺はその『流れ』を期待して、次の来客に備えていた。しかし、そんな簡単にポアソンはクランピングしない。
三十分経過、一時間経過、二時間経過、、、誰も来ない。
たまに通行人はいるが、先を急ぐOLやサラリーマン、ヤマトやサガワの配達員、店の前のATMに用がある人。
「コーヒーいかがですか?今朝、焙煎したばかりの焼き立てですよ!」
もちろん誰からも反応はない。見向きもされない。
もう店じまいして帰ろうかな。

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 休日返上して、早起きをして、場所代を払って、なんなら駐車場代もかかってる。
「このままじゃ、俺の今日がまったくの無駄になってしまう。たまにはそんな日もいいだろうけど、それは今日じゃない、だって今日は初日だ。」
俺は店の前に立って、道往く人、全員に片っ端から声を掛けることにした。とは言っても一時間に五人いるかどうかだけど。
 道の向こうから見事な銀髪のお婆ちゃんが歩いて来た。俺はいつもの三倍のスマイルを振りまく。
「ホットコーヒーいかがですか?休憩していきませんか?」
「あれ?いつの間にこんなとこに喫茶店ができたん?」
見た目の印象よりもハリのある声、喋り方だけでサバサバした性格だとわかる。
「いや、店は小松島なんだけど、月に一回、ここに出張カフェに来てるんですよ。」
すると、ミセスシルバーは物珍しそうに店の方を見て、
「ほな、ちょっと飲んでいこか。せっかく小松島から来てくれとるんやからな。」

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 出張カフェと言えども、やるからには百パーセントのコーヒーを出したい。だからケトルやドリッパー、コーヒーカップに至るまで用具一式は全部ウチから持参した。
シェアバーにもコーヒーカップはあるけど、俺のコーヒーは俺の選んだコーヒーカップで出したい。
見た目もコーヒーの味の重要な要素だからね。
 自慢のボンマックのコーヒーミルで豆を挽いているとミセスシルバーがおもむろに言う。
「あぁ〜エエ香りやなぁ〜。」
「でしょ?今朝、焙煎して来たばっかですからね。正真正銘の焼き立てですよ。」
自慢げに言い放つ、俺の鼻の穴も膨らんでたかもしれない。
「この先の店にコーヒー飲みに行こうと思っとったんよ。でも、ここがあって良かったわ。
昔と違って店も全然少なくなっただろ?コーヒーを飲むのも一緒の店ばっかりになってしもてな。
ホンマは色んなお店に行ってみたいんやけど、もうお婆ちゃんになってもたから遠出も出来んしな。
月に一回でもお兄ちゃんの店が来てくれたら嬉しいわ。
それに、お店のシャッターが開いとるのを見るのもホンマに嬉しい。」
ミセスシルバーの最後の言葉に、俺はちょっと目頭が熱くなった。
ここにもシャッター街に成り果てた東新町に、もの悲しさを感じてる人がいる。

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 俺の中の東新町なんて、逆算するとたかだか数年のわずかな記憶でしかない。
しかし、ミセスシルバーの中の東新町はおそらく昭和から続く数十年。
どんどんと近代化され、たくさんの商店が立ち並び、徳島一の繁華街になっていく様も見てるだろうし、バブル崩壊後のみるみる衰退し、街から活気がなくなっていく様も見てきたのだろう。
 そしてなにより、彼女は今もこの灰色の街で買い物をし、散歩をし、つかの間のコーヒーブレイクを楽しんでいる。そう考えると彼女の持つ東新町への悲哀は、きっと俺の何十倍もあるのだろう。

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 ミセスシルバーはどうやら俺のコーヒーを気に入ってくれたらしい。
「来月はいつ来るんで?」
「わからん。まだ決めて無い。でも、どっかの月曜。」
いろいろ話をしている間に俺はタメ口になっていた。俺は基本的に敬語が苦手。
「ほな、月曜にこの前を歩く時は気を付けて見とくわ。ごちそうさん。」
「うん、よろしく。ありがとう。」
俺は東新町の先輩の背中を見送った。

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 次で、東新町への出張カフェは十七回目になる。
手を変え品を変え、今でも試行錯誤の真っ最中。赤字だって何度もある。
でも、なんだかんだで楽しいから続いてる。
 ミセスシルバーも相変わらずコーヒーを飲みに来てくれてる。
この前なんかパチンコ仲間を二人も連れて来てたっけ。
彼女の東新町の中の楽しみのひとつになれたことが、単純に嬉しい。

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 シャッター街の再生とか空き店舗の有意義な使い方とか、俺にはそういうはわからない。
でもひとつわかったのは、今の東新町もそう捨てたもんじゃないってこと。
あの『くすんだ灰色の街』には、金じゃ得られない充実感や達成感を感じれる何かがある。
だから、赤字になっても腐らずにやれてるんだろう。
 寂びれたシャッター街の中でコーヒーを飲むのも、なかなか趣があっていい感じだよ。
東新町コーヒーブレイク、よかったらあんたも一緒にどうだい?
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